世代を重ねても、人から褒められることはありがたいものです。

目下あたしは、会社で親分をしている人から、「見事、〇〇君取引がはやいね」というのです。
会社では、取引が手早く望めるとか鈍いとかなど全然言わないケースなどあります。
で私の取引っぷりを認めてくれた親分が、あたしに発した発言を思い切り喜ばしく感じました。

こういう11年間を振り返っても、家庭内で色々な災いがありました。
その辛さを、責めて会社における時折悩まないで、一所懸命お仕事が出来ているものです。

小さい頃から、あたしはとてもぐずなのです。
それは、悠然と鷹揚に育てられた力不足もあります。
生まれ持った独特もあるというのです。
こぶしを動かすケースや繰り返しの作業はすごい速く望める、素質はもっていたあたしだったのです。

ゼミナールを卒業して、社会に出て二通年行ないました。
以後洋裁ゼミナールへという、二通年学ぶことをしました。
そうして20時以上の婚姻生活をして、養育の忙しさも積み増しました。

自分のことや、今日勤め先もスムーズな動きができるのも、こういう様な経験からくるものだって感じております。

亡くなった両親や愛人も、あたしが日々がんばる着こなしを、見ていて下さっていたらいいなあと思うのです。
あたしはこういう亡くなった人への、最後の処遇の技や発言かけなど、悪かったかなと懺悔する事もよくあります。

現在はその三人の間近で寄り添って売ることが、できないものです。

責めてこれから先の自分のしっかりとした言動で、毎日を送る事で供養としたく感じております。
頑張っていたら、人物は装いている。
目下会社の親分が、僅かあたしを褒めて下さったため、活力がでました。

階層がたくさんになっても、人物は褒めて頂くことは、快く感じるものだ。

あたしがお友達のつくることが苦手だったのです。
それでもポイントして、人の良い所を見つけて褒めて差し上げるケースなども大切です。

発達期には、心からお友達をつくる事が下手くそでした。
今では人物といった当たるにも、慣れてきました。

あんなあたしなのですが、照れくさいがりやの部分といった、引き立ちたい一部分も持っています。
今までに、ほめ殺しの〇〇君という、呼ばれることもありました。杉山てつやの株